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チャプター 1 どうしても、欲しい

「少し痛むかもしれない、我慢しろ」

冷たく、鋭い男の声が耳元で響いた。

栞は我に返り、困ったように眉をひそめた。「女の先生に、代わっていただけませんか」

目の前の男は、背が高く、すらりと伸びた立ち姿で、マスク越しにも顎のラインが鋭く浮き出ていた。有無を言わせぬ威圧感が、全身から滲んでいる。

医者というものは、もっと穏やかなものだと思っていた。こんなにも冷たく、張り詰めた空気をまとう医者を、彼女は知らなかった。

男は俯いたまま、手早く器具を揃えながら言った。「今日は女の先生はみんな手が離せない、代えるなら、日を改めてもらうことになる」

栞はしばらく黙っていたが、結局、台のそばまで歩いていった。

……まあいい。男の先生でも。このまま放っておいたら、いつか取り返しがつかなくなる。

観念して、栞は台に横たわった。

「力を抜いて」

男の声が、さらに近づいた。

台に横たわったまま、栞はぎゅっと目を閉じた。

医者なのだから、余計なことを考えるのはやめようと、自分に言い聞かせた。

不意に、ひやりとした器具が肌に触れた。

その冷たさに、栞は思わず身をすくめ、小さく声を漏らした。

これが、彼女の病だった。体の一部が、わずかな刺激にも過敏に反応してしまう。

空気が、一瞬、張りつめた。

清征は手を止め、低く落ち着いた声で尋ねた。「……大丈夫か」

栞は火照った顔を背けた。心臓が早鐘みたいに暴れている。「……だ、大丈夫です」

「緊張しなくていい」

そう言いながら、手の動きは知らず知らずのうちに、柔らかくなっていた。

診察室が静かすぎて、栞は自分の鼓動まで聞こえてしまいそうだった。

ふと、耳元で、男の低くて落ち着いた声がした。「だいぶ過敏になっているようだな。これも症状のひとつか」

栞の顔が、一瞬で、耳の先まで真っ赤に染まった。

指をきゅっと丸めて、何か言おうとした…その前に、男がまた口を開いた。「今のところは、異常なしだ」

清征は無表情のまま検体の採取を始めながら、口を開いた。「何か、自覚している不調はあるか? 普段の生活で困っていることは?」

カルテには、既婚と書いてあったはずだ。

原因を探るためにも、確認しておくべきことがあった。

栞の頬が、かっと熱を帯びる。

一拍、ためらってから、彼女はやっとの思いで唇を開いた。「……私、夫と、その……そういう関係が、一度もなくて」

時間が経つにつれて、病状はどんどん重くなり、日常生活にも、はっきりと支障が出るようになった。

だから、勇気をふりしぼって、この私立病院を受診したのだ。

「……ないのか」

清征は少し意外そうに顔を上げ、栞を見た。

精巧に整った、美しい顔立ちの女だった。どことなく色っぽくて、それでいて、あどけない。一目見たら、忘れられない顔だった。

「はい。なのに、自分でも怖いほど……体が、勝手に反応してしまうんです。動悸や、ほてりが止まらなくて」

「普段の生活でも、若い男性と少し触れ合っただけでも、同じような症状が出てしまって……」

もうここまで話してしまったのだから……栞は赤い顔のまま、思いきって悩みを打ち明けた。

清征は一瞬言葉を失ったが、すぐに医者としての顔を取り戻した。

彼は顔をそらし、採取した検体を片づけた。

なにも言わない彼に、栞は不安になって目を開け、彼の方を見た。

彼は斜めを向いて、優雅なしぐさで手袋を外していた。節のくっきりした、長い指があらわになる。

この人…指まで、きれいなんだ。

ぼんやりしているうちに、男はもう歩み寄ってきていて、優しい手つきで彼女の身体を支え起こした。

足が床に着いた…そのとたんに、栞は膝から力が抜けて、そのまま、男の胸のなかに倒れ込んだ。

シダーの清々しい香りを漂わせる、彼の…男のにおいが、一瞬で、鼻腔いっぱいに広がった。

どぎまぎして、栞はあわてて身を離した。

続きを読みますか?

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全143章

  1. 第1章チャプター 1 どうしても、欲しい
  2. 第2章チャプター 2 わたしの病……重いんですか
  3. 第3章チャプター 3 吉瀬さん、それって……発情

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