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第2章
蓮の顎が、彼女の告白にこわばった。 彼の束の間の好奇心は消え去り、見慣れた冷たさに取って代わられた。
「これを片付けておけ」 彼はカウンターを漠然と指差し、沙良と共にキッチンから出て行った。
美咲は一万円札を拾い上げた。 その真新しさが侮辱的だった。 彼女はそれを丁寧に折り畳み、ポケットに入れた。
後になって、蓮の寝室からの音が聞こえてきた。 紛れもない音だった。 笑い声、そして沙良が蓮の名前を喘ぐ声。
そして、美咲の記憶にナイフを突き立てるような言葉が聞こえた。 「俺だけの花」
それは、彼がかつて彼女を呼んだ愛称だった。 太陽が降り注ぐ東京での日々、二人の愛が広大で野性的な風景のように感じられた頃。 彼は彼らの過去を、彼らの親密さを武器にして、今、沙良と共に彼女を苦しめている。
美咲はペントハウスの反対側にある、彼女の小さく殺風景な部屋に引きこもった。 寝室というよりは、使用人の部屋のようだった。 彼女は狭いベッドに横たわり、天井を見つめた。
環境に配慮したコミュニティを築くという二人の夢を思い出した。 砂漠と共生する家々。 彼女は、二人が一緒にデザインした屋根の特定の曲線を思い出した。 彼はそのラインが、彼女の首筋のように優雅だと言った。
ついに涙が溢れ出た。 熱く、静かな涙が枕を濡らした。
朝になる頃には、枕は湿っていたが、彼女の決意は固まっていた。 耐え抜く。 好機を見つける。 そして、彼から自由になり、鷲津を追う自由を手に入れるのだ。
翌朝、橘沙良はまだそこにいた。 これは新しいことだった。 他の女たちは決して泊まらなかった。
いつもは口数の少ない家政婦の田所さんは、ベランダで沙良に朝食を出す際、まるで女王様のように扱いながら、美咲に同情的な視線を向けた。 蓮は彼女の隣に座り、甲斐甲斐しく、しばしば彼女の手に自分の手を重ねていた。 美咲の家での曖昧だった地位は、さらに急落した。
一週間後、蓮はペントハウスで豪華なパーティーを開いた。 表向きは、翠嵐建設の新しい契約を祝うためだったが、本当の主役は沙良だった。 蓮は彼女に乾杯し、彼女の聡明さと忠誠心を称賛した。 彼はシャンデリアの下で煌めくダイヤモンドのテニスブレスレットを彼女に贈った。
美咲は、蓮に指示されたシンプルな黒いドレス――「スタッフのように」――を着て、群衆の中を動き回り、シャンパンのグラスを補充し、囁き声や同情的な視線に耐えた。
「あれが彼の奥さんよ。彼が隠しているっていう」 「可哀想に。あの広報の女を目の前で見せびらかしてるわ」
屈辱が燃え上がったが、美咲は表情を変えなかった。
沙良は、バルコニーに通じるフレンチドアのそばで彼女を見つけた。 「美咲、話せる?」 沙良の声は柔らかく、ほとんど親切に聞こえた。
美咲は振り返った。 「話すことなんて何もないわ、沙良。あなたは私に何も説明する必要はない」
「でも、説明したいの」 沙良は言い張り、彼女の目を覗き込んだ。 「私は何年も蓮を愛してきた。大学の頃から。あなたは彼を手に入れたのに、捨てた。あなたが去った後、彼がどんなに苦しんだか、わかる?」
沙良の声は震えていた。 「彼は亡霊のようだった。ほとんど食べず、ほとんど眠らず。翠嵐は崩壊寸前。彼も崩壊寸前だった」
美咲は黙っていた。 知っていた。 遠くから、直接彼を慰めることもできずに、その苦しみを生きてきた。
「私が彼のそばにいた」 沙良の声は力を増した。 「私が彼が再建するのを手伝った。翠嵐を救った投資家を見つけたのは私よ」
一瞬の沈黙。 そして、沙良は身を乗り出し、声を潜めた。 「そして、彼が病気になった時…あなたが去った後、本当に重い病気になった時…彼が命を救うために骨髄移植が必要だった時…適合したのは私だったの。私が提供したの。彼はそれが私だとは知らない。登録バンクからの匿名のドナーだと思ってる。でも、私が彼の命を救ったのよ、美咲」
美咲の血の気が引いた。 骨髄移植? 蓮がそんなに重い病気だったなんて。 これは彼女が知らなかった彼の苦しみの一面であり、沙良が武器にした秘密だった。 彼女自身の病院でのぼんやりとした記憶、痛み、それは関係があるのだろうか? それとも、沙良は投資家のことのように、これも嘘をついているのだろうか?
沙良は一歩下がり、小さく悲しげな笑みを浮かべた。 「彼は今、私のものよ、美咲。彼は私に命も、会社も、すべてを借りている」
彼女は間を置いた。 「このパーティーは、私の本当のお祝いなの。来週は私の誕生日。そして、私は蓮が欲しい。それが私のプレゼント。あなたに彼を譲ってほしいの。永遠に」
美咲は沙良を、その目の中の必死の渇望を見つめた。 長い沈黙の後、美咲はゆっくりと頷いた。 「わかったわ、沙良。彼はあなたのものよ」
沙良の笑みは広がったが、その目は笑っていなかった。 「もう一つ」 沙良の声は突然鋭くなった。 「彼にあなたのことを完全に忘れさせる必要がある。あなたの記憶そのものを憎むように」
美咲が反応する前に、沙良は小さく鋭い叫び声を上げた。 彼女はよろめき、腕を掴み、その目は奇妙な、芝居がかった痛みで大きく見開かれた。 そして、突然、激しい動きで、沙良は近くのコンソールテーブルの鋭い大理石の角に自分の前腕を叩きつけた。
突然の静寂の中、気分の悪くなるようなひび割れる音が響いた。
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