あらすじ
天文学界には、あるロマンチックな不文律がある。
研究者が初めて発見した小惑星には、最愛の人の名前を冠するというものだ。
誠也のそばで、砂を噛むような日々を過ごして七年。彼はついに、新しい星を発見した。
発表会当日、私は一番とっておきのドレスを身にまとい、壇上で彼が私の名を呼ぶのを期待して待っていた。
休憩室に水を届けに行ったとき、彼の共同研究者が低く制止する声が聞こえた。
「誠也、命名権を小林美咲に譲るのか?桜井美咲は七年も君に尽くしてきたんだ。彼女がどれほど傷つくか、考えたことはあるのか?」
「それは美咲にとって、あまりにも不公平だ」
誠也はライターを弄びながら、当然のことのように言い放った。
「美咲は色気がない。星に彼女の名前をつけたら、あまりにも俗っぽくなる」
「小林美咲はバイオリンを弾く。彼女の名前こそ、この星のロマンにふさわしい」
「それに、美咲はもうすぐ三十だ。風砂に晒されてしなびた女に成り下がっている。俺以外に、誰が彼女を欲しがる?」
「結婚は彼女にくれてやる。ロマンは小林美咲に。それで、彼女に何の不満があるというんだ?」
廊下を吹き抜ける風が、私の心を芯まで凍らせた。
喉が焼け付くように痛み、呼吸さえ血の匂いを帯びている。
私は手の中の温かい水の入ったカップを見つめたまま、ドアを開けることなく、踵を返してホールへと戻った。
まっすぐ登録受付へと向かい、一枚の書類を提出する。
「補助署名の取り消しをお願いします」
この星はもういらない。藤原誠也も、もういらない。
章一覧
全10章
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