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彫刻の扉が、音もなく開いた。 純白のオーダードレスをまとった栗原花奈が、儚げに立っている。 片づいた室内と、隅で手首を押さえて震える芳子。 花奈の目が一瞬細くなり、すぐに慈愛の笑みへ塗り替えられた。 「お姉様、ご無事だったのですね……!」 涙を浮かべて小走りに駆け寄り、上等なハンカチで目元を押さえる。 結菜は一歩も動かなかった。 隅の芳子が助けを求めるように口を開けかけたが、結菜の一瞥で息を詰まらせ、深く頭を垂れた。 「隼人さんが昨夜あんなに取り乱してしまって……。私、申し訳なくて胸が張り裂けそうでした」 花奈はか弱そうに手を伸ばし、結菜の手を握ろうとする。 結菜は半歩、自然に身を引いた。 「栗原さん。私たちに、手を取り合うほどの血縁はなかったはずですが」 空を切った花奈の手が、ぴくりと止まる。 「お姉様、まだ私を責めていらっしゃるの? 私が病弱でさえなければ、お姉様にこんな辛い思いをさせずに済んだのに……」 「あなたが病弱でなければ、今この部屋に監禁されているのはあなただった。そういうことでしょう?」 花奈の唇が、かすかに引きつった。 花奈は聞こえなかったふりをして背を向け、扉の外のメイドから木製の盆を受け取る。 染付の磁器碗。湯気と一緒に、漢方の苦い匂いが立ち上った。 「額のお怪我のために、厨房に頼んでお薬を煎じてまいりましたの。お姉様のお身体が心配で」 花奈は両手で碗を持ち上げ、無垢な笑みを浮かべる。 結菜の視線が、黒く濁った薬液に落ちた。 漢方の強い香りの裏に、ほんの僅かな、別の匂いがある。 チョウセンアサガオ。マンダラゲの神経毒だ。 命は奪わない。 だが飲み続ければ中枢が侵され、顔の浮腫と精神の衰弱が進む。遅効性の、陰湿な毒。 (……なるほど。これが、私の奇病の正体ね) 「そこに置いておいて。後でいただくわ」 「冷めてしまっては効果が薄れます。今すぐ召し上がってくださいな……それともお姉様、私が毒でも入れたとお疑いなのですか?」 花奈は引くどころか、碗を抱えたまま一歩踏み込んできた。 挑発するように首を傾げる。 結菜はその瞳を、静かに見返した。 花奈の背筋に、粟が浮いた。 「そこまで私の身体を案じてくれるなら、妹のあなたがまず一口、毒見をして見せてはいかが?」 「え……?」 花奈の表情が凍りついた。 碗を持つ指先が震え、熱い薬液が数滴、白い手の甲へ跳ねる。 「あつっ……! な、何をおっしゃるの。これはお姉様のために特別に処方されたお薬ですのに……」 笑みを取り繕いながらも、碗を引こうとはしない。 結菜は冷笑を浮かべ、すっと右手を伸ばした。 指先が、磁器の縁に添えられる。 花奈は、結菜が屈服して薬を受け取るのだと思った。 その瞳の奥に、歪んだ優越感が滲んだ。 次の瞬間、結菜の手首が鋭く沈み込んだ。 「きゃっ!?」 関節を突かれ、花奈の華奢な指から力が抜ける。 パリン――! 甲高い音とともに、見事な磁器の碗が床で粉々に砕けた。 黒い薬液が飛び散り、純白のドレスの裾をまだらに染める。 「私のドレスが……!」 花奈は飛び退き、仮面のように柔和だった表情をかなぐり捨てて、結菜を睨みつけた。 「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまったわ」 結菜は軽く両手を払った。 隅で見ていた芳子が、息を飲んだ。 花奈は奥歯をギリリと噛み締め、足元に散らばる破片を見つめた。 次の瞬間、その瞳に狂気じみた決意が閃く。 花奈は自ら足をもつれさせ、刃物のように尖った破片の山へ、躊躇なく身を投げ出した。

現在読めるのはここまでです。

読み進めると物語が続きます。

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章一覧

全10章

  1. 第1章第1章
  2. 第2章第2章
  3. 第3章第3章

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